投稿者: goro

  • ワクワクとつながる(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    ワクワクとつながる

     

    「自分とつながる」ことと「全体とつながる」こと

    自分と全体とつながって次に自然と出てくるココロもちがワクワクだ。

     

    『自分とつながる』ことで

    唯一無二の存在である自分を自覚し

    『全体とつながる』ことで

    時間的・空間的な無限の広がりの中に存在する自分を自覚する。

     

    「生きている」自分と「生かされている」自分

    「自力」と「他力」

    自分が生き抜く上で感じられる「強さ」と

    生かされている「ありがたさ」「感謝」

    自分も自分らしく他のみんなも自分らしく

    自分自身のワガママとみんなのワガママが
    いい塩梅で共鳴すると空間としても
    ワクワクの場が生まれてくる

     

    育児は「自分」に目覚める最高のチャンス

     

    特に女性にとって

    妊娠・出産・育児は

    人生の中でも特に強烈で

    もう最高レベルの一大転機だ。

    自分自身の頭も心も体も

    自分をとりまく環境も

    すべてが一変する。

     

    この一大転機であるからこそ

    これからいかに自分が生きていくのか?

    生きていきたいのか?

    否応なく迫られることになる。

     

    また、慣れ親しんだ平穏な毎日から一転、

    激動の非日常が日常の世界となる。

    多かれ少なかれ

    ほとんど全てを自分に使えていた自由な時間が

    ほとんど全てを赤ちゃんに使わなければならなくなる。

    結果的に、

    「無私」「無我」の境地を生きている。

    しかも無条件の愛をもって。

     

    これが実にいい。

    と安易に言ってはお怒りをかいそうだが

    妻と一緒にどっぷりと育児三昧の時間をすごしてきたぼく個人の感想だ。

    通常は「無私」「無我」の境地に至るなどとても大変で、
    山にこもったり滝にうたれたりと相当修行が必要なようだが、

    育児なら自然と愛情にあふれた状態になっているので

    その境地にも無理なく入っていける。

     

    それはともかく、
    制限や制約の効果はとても興味深い。

    陰極まれば陽に転じ

    陽極まれば陰に転ずる

    「陰陽」で考えても実際にも

    制限や制約があればあるほど

    逆に自由を渇望するようになる。

    のみならず、

    どうなりたいのか?

    どうありたいのか?

    イメージする感覚も研ぎ澄まされてくる。

     

    どうしても「私」「我」に多少なりとも制約がかかるのであれば

    この陰極陽転を活用しない手はない。

    育児期間だからこそ、あえて

    心の底からほんまにやってみたいことは何か?

    と自分と対話を深めてみるといいだろう。

    時間というのは自分の命のことでもあるから

    命(自由な時間)をかけてやってみたいことは何か?

    まさに自分の使命は何か?

    と問うてみるのもいいだろう。

    内からむくむくと強烈に出てくる想いがあれば、
    それは本物だ。

    このワクワクは絶対にとまらない。

     

    自分の人生のシナリオに超重要人物として子どもが加わったことで、
    思ってもみなかったワクワクとつながることはまず間違いない。

    ワクワク新発見とそこから始まる新展開にワクワクしよう。

     

  • 自然とつながる(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    オフィスワーク中心の生活から

    育休生活に入るととても自然が近くなる。

    この恩恵は是非とも享受したい。

     

    実際は赤ちゃんに翻弄されて

    自然を楽しむ余裕などあったものではないですが。

    それだからこそ、四季の移り変わりをなんとなくでも日々感じながら、
    激務の間に少し(一瞬)でも心と体を癒せることができるといいなと思う。

     

    うちの子はもう小学生になってはいるが、やはり今でも一緒にお外に出かける機会が多い。この四季を満喫できる時間が今でも最高だ。感謝。

    この週末は雲が踊っていました。

     

    太陽の祝福!

     

    アジサイも美しい時期になりました。

    子供の頃、一番好きなお花がアジサイで。

    今でも大好き。

     

    素敵な自然とつながると

    五感でしあわせを感ずる感性が

    どんどん研ぎ澄まされてくるように感じます。

     

    子どもと一緒に楽しめるといいですね!

  • 全体とつながる(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    『自分とつながる』(5/12)

    で

    「自分は何者か?自分自身の特徴・個性・ユニークさをよく理解することが第一」

    「自分の独自性を絶対的に尊重したい」

    と書いた。

    そうじゃないといつかキレてしまうで💢・・・注意しようと。

     

    天上天下唯我独尊

     

    育児も仕事も人生も

    主体的に楽しむ第一歩として

    まず押さえるべきポイントである。

     

    次に忘れてならぬのが

     

    『全体とつながる』

     

    アイデンティティーの話でもあり

    うまくつながると自分の誇りにもつながる。

     

    日本語はよくできていて

    「自分」

    という言葉を分解するとよくわかる。

     

    「自」は、唯一無二の独「自」の存在

    「分」は、全体の中の部「分」的な存在

     

    「分をわきまえる」

    「分相応」

    などに使われる「分」が自分の一部をなす。

     

    自分とは、

    「唯一無二の存在」

    だが、同時に

    「社会的存在」

    でもある。

     

    「自」と「分」の関係は面白い。

    「分」を意識し過ぎると

    独自性が弱まって息がつまる。

    「分」をわきまえないと

    単なるワガママになり、人迷惑。

    いい塩梅が大切だ。

     

    大事なのはバランスだが、

    もっと大事なのは

    何を「全体」として意識するか?

    「全体」をどう捉えるか?

    である。

     

    「全体」といったとき、例えば、

     

    家、学校、勤務先・業界、出身地、地域、日本、アジア、地球、太陽系、銀河系、宇宙・・・

     

    など、いろいろある。

     

    仕事をしている時は「〇〇会社」の一員としての自分が。

    海外に出ると「日本人」としての自分が強く意識される。

    もし火星人とお友達になったら「地球人」としての自分が顔を出すだろう。

     

    普段、意識しているかどうかはともかく、

    「全体」はすべて自分である。

    自分の根っこにあるものだ。

    全てはつながっている!

     

    いま自己肯定感が低い人が多いのも

    自信を持てない人が多いのも

    幸福感が低い人が多いのも

     

    自分のアイデンティティーの一部である「全体」に対して、

    変な罪悪感を持たされて

    なんとなく否定的であったり、

    なんとなく卑屈になっていたり

    するところも、その一因と言えそうだ。

    実は普通にまじめに生きている人ほど

    そう陥りやすい構図があるので気をつけたい。

    根無し草もどうかとは思うが、根っこを自らわざわざ腐らせることはない。

     

    逆に、「全体」の素敵なところにこそ視点を向けると良い。

    暗く楽しくないネガティブなものとは早々におさらばして、

    明るく楽しい情報や場のエネルギーをシャワーを浴びるように取り込むことが賢明だろう。

    自分自身の理解を深めるだけではなく、

    家系図を辿ってみたり、地域の歴史や文化に触れてみたり

    日本の歴史や文化を肯定的に勉強し直してみたりすると良いだろう。

     

    わが子の自己肯定感を高めたい!

    自分自身も誇りをもって子育てや仕事をしたい!

     

    そう願わない親はあるまい。

    親である自分が素敵な「全体」ともっともっとつながることである。

    その上で子を素敵な「全体」へといざなうことである。

     

    素敵なアイデンティティーが自覚できると世界は変わる!

  • 自分とつながる(ごろう)

    智に働けば角が立つ。

    情に棹させば流される。

    意地を通せば窮屈だ。

    兎角に人の世は住みにくい。

    『草枕』 夏目漱石

     

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    意外と人間関係ほどやっかいなものはないかもしれません。

    大好きなはずの家族にしてもそうだ。

    とんでもなくカワイイ赤ちゃんにせよ子どもたちにせよ。

    あるいは最愛の夫や妻、両親など大人たちにも、
    濃淡あれど日々翻弄されてはいないだろうか。

     

    職場もわかりやすい。

    商社マン時代に

    「お前の給料の半分は人間関係料だ!
    (だから俺のいうことには絶対服従・・・!?)」

    なんて上司に言われたこともある。

    確かにそうかもしれないと諦観していた昔が懐かしい。

     

    「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
    矢張り向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。」(『草枕』)

     

    夏目漱石の頃とは時代も違うが、今も昔も本質は変わらない。

    直接的にも間接的にも自分と関わりのあるヒトたちが自分の世界を作っている。

     

    ぼ〜っとしていると翻弄されるばかりである。

    僕は性格的にもぼ〜っとしており、悲しいかな、この真実が肌感覚でよくわかる。

     

    この荒波に立ち向かうには自分の軸をもつことが大切だ。

    他人軸ではなく自分軸。

    主体性をとりもどす必要がある。

    そうして自分とつながると育児も仕事も楽になる。

     

    たとえば、WiFiの電波の表示🛜がわかりやすい。

    三本だとサクサクだが一本だけだと心許ない。

    つながっていないとどうしようもない。

     

    陰陽の八卦の図もわかりやすい。

     

     

    つながっている線(一)が陽(力のある状態)

    途切れている線(–)が陰(力のない状態)

     

    八卦と八卦を組み合わせると64の卦(パターン)ができる。

    64卦を小難しく説いているのが『易経』だ。

    この『易経』にとても興味深いことが書かれている。

     

    つながりがない状態が続くとどうなるか?

     

    「龍野に戦う。その血玄黄なり」

    (りょう、やにたたかう。そのち、げんこうなり)

     

    何やらものものしい感じが漂うが、

    その直感は正しい。

     

    一言で言うと

     

    キレる

     

    ストレスが溜まってキレてしまう。

    途切れた状態の究極が実際に“キレる”こととは面白い。

     

    育児でも仕事でも

    自分自身を尊重しないで行う育児や仕事は

    単なる作業に陥りがちだ。

    自分は何者か?自分自身の特徴・個性・ユニークさをよく理解することが第一。
    そして自分の独自性を絶対的に尊重したい。

    他人の目や評価に過剰に自分をゆだねると危険だ。

    唯一無二の素敵な自分自身と切れてしまう。

     

    最も愛すべき素敵な自分とキレていませんか?

    自分とのつながりを大切に!

  • てんとう虫と阪急電車で旅をする(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    息子とゴールデンウィークに保久良神社に参拝しました。

    保久良神社は神戸六甲の金鳥山中腹にある神社です。

    最寄駅は阪急岡本駅。

    駅から30分くらい急な坂を登っていきます。

     

    山のふもとで、ナナホシテントウがやってきました。

    僕の手から息子の手へと。

    あとは気ままに背中にまわったり肩にのったりして遊んでいます。

    僕らもナナホシくんにあれこれ声をかけながら、

    一緒に山を登り神社を参拝。

    山でバイバイするつもりが、

    「自然に飛び立つまでええんちゃう」とか言っていたら

    結局そのまま家の近くまでついてきました。

     

    しかも岡本駅からは阪急電車に乗って、

    途中で電車の乗り換えまでしています。

    ビックリです。

    意外とてんとう虫は人なつっこいのかしら。

    2時間以上、ナナホシくんとの楽しい時間をすごしました。

     

    てんとう虫まで家族のようにわいわい楽しむなんて、
    子どもがいなかったらまず体験していなかったことだと思います。

    こんなほわっとした時間にもとても幸せを感じます。

     

    まだ息子がよちよち歩きの頃ですが、

    カンカンカンと踏切が鳴り出した時に

    「あち!あち!」と踏切の方を指差して

    (電車が来たよ〜)って一生懸命ハトに教えていたことなども思い出しました。

     

    つい最近まで赤ちゃんだと思っていたらいつの間にか少年になっていて。

    自分も通ってきた道ですが、親としてはまた不思議な感覚です。感慨深い。

    毎日毎日この「いまだけ」の奇跡的な時間をすごしていることに、
    なんとも言えないありがたさやぬくもりを感じます。

    感謝^^

  • 視点を変える(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    〜人間万事塞翁が馬〜

    物事はすべてその事象を【どう見るか?】ものの見方次第であることのたとえ。

     

    昔、塞翁という人の飼い馬が逃げてしまった。とんだ災難に思えたが、
    しばらくして素晴らしい馬を連れて帰ってきた(ラッキー!)。
    でも、息子がその馬から落馬して大怪我(災難!)。
    そのおかげで息子は戦争に招集されずに生き延びた(ラッキー!)。
    でも・・・

     

    日々、子育てと家事や仕事に大奮闘しているママのために!

    と盟友なぎささんと共に始めたのがI K U G+。

     

    ぼくらの使命は

     

    育児とキャリアのハッピーシナジーを創造する!

     

    子育てとキャリアってなんの関係もなさそうだが

    「そんなことはないで!」

    というのが僕らの立ち位置である。

     

    キャリアは育児に生かせる!

     

    し、逆に

     

    育児はキャリアに生かせる!

     

    育児とキャリアは完全に分断された無関係なものではなく、確かなつながりがある。
    新たな視点でこのつながりを感じ始めるとハッピーシナジー路線に入る。

     

    さて、塞翁が馬。

    一喜一憂していたのは塞翁のまわりにいた人たちである。

    塞翁は首尾一貫して

    「そりゃ、わからへんで・・・」

    と言っていた。

    えらい人だ。陰陽の達人である。

    この視点だけで歴史に名を残している(?)

     

    ということは、だ。

     

    “出産や育児がキャリアの足を引っ張る”

    みたいなイメージを必ずしも既定路線として受け入れる必要もない。

    足を引っ張っている(ように見える)現実も確かにあるが、

    はじめから完全同意することなく

    「そりゃ、わからへんで」

    とひねくれてみるのもありじゃないか。

     

    そうかもしらんし、そうじゃないかもしらん。

    どちらもあり得ないことではない。

    多くの人がそう言っているからといって・・・

    今までがそのようだからといって・・・

    自分までつきあう必要はない。

     

    それを決めるのは・・・・・・

     

    あなただ!

     

    人は自分が見たいものを見たいように見ている(らしい)。

    現象としては想定外のことも含めいろんなことが起こっているし

    すべては変化している。

    ただし、現象はいつも単に起こっているだけで特別意味はない。

    どういう意味づけをするのか?

    プラスに見るのか?マイナスに見るのか?は

    あくまで自分次第である。

     

    思考は現実化する!

    などとも言われるが、実際は

    思考はすでに現実化している。

    自分が思った通りの世界が厳然と目の前にある。

    ハッピーを選択しているのもしていないのも

    自分である。

    決して“馬”のせいではない。

     

    それぞれ思い癖というものがあり

    特に幼少の頃の親のしつけや学校教育、メディアや社会規範、時代の空気感などの影響を思っている以上に強く受けている。いわゆる世間の常識というものもそうだ。

    ちなみに自分のエネルギーを下げる思い癖は重い癖でもある。

    まったくもって重い重い。

     

    塞翁の如く、「そりゃ、わからへんで」と

    いらぬ思いは一掃してスイスイっと軽やかにいくのもありである。

    ちょっと視点を変えるだけで新たな世界が展開する。

     

    肩の力を抜いてフラットに世界を眺めてみよう

  • 「昭和の日」は昭和を偲ぶ日だが・・・(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    ゴールデンウィークが始まりました。

    今日4月29日「昭和の日」が祝日第一弾ですね。

    5月3日 憲法記念日

    5月4日 みどりの日

    5月5日 こどもの日

    と続きます。

     

    国民の祝日は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために定められた「国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」だと、法律で定められています。

     

    単なるお休みの日とするのではなく、

    家族で「こぞって祝い、感謝」する

    1日にしたいなといつも思います。

     

    今日は地元(兵庫県)の西宮神社で昭和祭に参列しました。

    朱色の表大門は豊臣秀頼の寄進したものだと言われており、
    国の重要文化財に指定されています。

    とても静かです。

     

    「昭和の御代の天長祭の日、激動の昭和を偲び奉る」

    (西宮神社ホームページより)

     

    天長祭は天皇陛下の誕生日(天長節)の祭典です。

    昭和の日の今日は昭和天皇の誕生日。

     

    激動の昭和を語り伝えるには

    父子ともどもまだまだ力不足で。

    ある意味まだ時間の猶予があり、正直助かった感じがあります。

    (ちょっと情けないが・・・)

    でも息子がもう少し大きくなった暁には

    昭和もちゃんと自分の言葉で語れるように

    父親としてももっともっと成長せねばならんなと思いました。

     

    とはいえゴールデンウィーク。

    基本は

    家族で「こぞって祝い、感謝」ですね。
    豊かで味わい深い日々を楽しみましょう!

  • 日本語はこどもたちへの最高のプレゼント3 (ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    日本語古典の音読三昧の生活を

    今は個人の趣味レベルで楽しんでいますが、

    これからひとつの使命として

    「日本語の秘めた可能性」を

    どんどん表に出していこうと思っています。

     

    日本語はかなり特殊です。

     

    英国の歴史家アーノルド・J・トインビーが唱えた

    「民族滅亡の三原則」

    滅びる民族は

    ①  自国の歴史を忘れた民族

    ②  すべての価値をお金や物質で捉え、心の価値を見失った民族

    ③  理想を失った民族

    だそうです。

     

    日本語には

    「歴史」「心の価値」「理想」

    すべてが含まれています。

     

    民族存亡を意識するくらいの危機感もあり

    がんばるぞ!と。

     

    でも正直なところ、それはそれとして、

    かわいいこどもたちを見ていると、

    もう純粋に、そうムチャクチャ純粋に

    日本語の素敵さ、美しさを伝えて、

    みんなで一緒に楽しみたい!

    という想いがいっぱいです。

     

    以下、「日本語音読指導者」になるにあたって提出した作文です。

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    ③ 【その後の展望】

     

    日本語のすごい価値が十分に認識されていない現状を踏まえて、
    これからは次の二つの観点から日本語の価値向上に明るく楽しく取り組んでいこうと思う。

     

    一つは、多くの人に日本語の価値を知ってもらうこと。
    すでに存在しているが埋もれてしまっている日本語の素晴らしさに光をあてて表に出していきたい。その結果、日本語に対する認識が変わり、教育の現場でも個々人の趣味レベルでも、改めて日本語を音・響きとして学ぶ日本人が増え、本来の大和な世界になっていけば最高だ。海外の人にも日本語をどんどんプレゼントしていけたらおもしろい。

     

    もう一つは、今の日本語で失われている「ゐ・ヰ」「ゑ・ヱ」「を・ヲ」の復活。
    日本語の価値そのものの向上だ。古典を音読していて「ゐ・ヰ」「ゑ・ヱ」「を・ヲ」の発音が大変心地が良いことに気がついた。それが何かはわからぬが、どこか郷愁に似た感じもある。ひらがなもカタカナも漢字もどんどんシンプルになり記号化されていっているが、記号化すればするほど本来もっている情感を含んだ日本語の良さが消えてしまう。とてももったいないことだ。そこで、まずは自分の趣味レベルで「ゐ・ヰ」「ゑ・ヱ」「を・ヲ」を活用してみようかと思う。将来は「ゐ・ヰ」「ゑ・ヱ」「を・ヲ」の専門家!?として活動しているかもしれないな、などと夢想していても楽しくなる。

     

    素敵な世界を日本語から!

     

    (終わり)

  • 日本語はこどもたちへの最高のプレゼント2(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    「日本語音読指導者」になるにあたって提出した作文の続きです。

     

    今日は

     

    「音読の効果について」

     

    日本語を話すことがあたりまえの僕らにとって、

    「音読」って言われてもことさらピンとこないとは思いますが・・・

     

    音読はやばいです。

    というよりも松永暢史先生の
    「カタカムナ音読」がやばい。

     

    その効果の一端を記したものが以下の作文です。

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    ②  【音読の効果について】

     

    音読を始めてまず気がついたのは、自分の声の変化である。その質感が明らかに変わってくる。言葉にするのは難しいが、なにか奥深さが伴うようになったと自覚している。

     

    素直に褒めてくれるのもダメ出ししてくれるのも、隣でわが音読を聞くともなしに聞いている小学校二年生の息子だけであるが、いい音が出せた時は「プロの人のようや」と最高の評価が出る。「プロの人って誰やねん!」と思わず心の中でツッコミを入れてしまうが、間違いなく自分史上最高の音。自分独自のヒビキが最高に心地よい。

    自分の声にうっとりとするなんてちょっと変態っぽいが、この体験は貴重である。自己肯定感にもつながるし、何より自分のことが大好きになる。

     

    さらに、古事記以前の古史古伝の文献から古事記・万葉集を経て現代まで重要どころを押さえながら数多の名文を一気通貫で音読する効果も計り知れない。日本の優雅さ、おおらかさ、明るさ、愉快さ、繊細さや力強さなど、素敵な日本の発見に繋がった。

    中でも日本語。日本人にとってこのあたりまえの日本語は、世界的にはかなり特殊な言語だそうだ。英語のアルファベットのように単なる記号ではなく、あ・い・う・え・おの一音一音に意味合いなりイメージなり情感が含まれている。そんな言葉を話すことで虫の音が心地良く聞こえるなど自然とつながり調和する感性が育まれるらしい。だからこそアメリカで、日本語を解さない外国の人たちが、あえて日本語の音をツールとしてヒーリングに活用していたのだ。

     

    ここまでくると不思議なことに、自分が発する言葉を大事にせずにはおられなくなる。

    たとえば不平や不満を、自分がうっとりとする声で素敵に響かせるのは難しい。そもそも波動が違う。言葉を粗末に乱暴に扱うのは全くもってもったいないと感じるようになった。美しい音色と相性が良いのは、やはり思いやりのある言葉、やさしく愛のある言葉だろう。また日本語の響きそのものが自然や周囲の人たちとの調和をもたらす働きをもっているので、言葉を大事にするということは自分自身や周りの人や環境を大事にするということにつながる。

    日本語音読で世界が変わる!

    とまで言うとさすがに言い過ぎかもしれないが、自分が何をどう響かせるのか?で少なくとも自分の周りの現実は見事に創造されている気がする。

     

    (続く)

  • 日本語はこどもたちへの最高のプレゼント(ごろう)

    育児をプラスに!I K U G+

    ごろうです。

     

    この春に「日本語音読指導者」という資格を取得しました。

    資格なんて何年振りやろう・・・。

    (15〜6年前の「手相」が最後かな)

     

    昨秋から指導者を養成する講座で学んでいました。

    今や音読が日常の一部になっています。

    朝目覚めたら音を響かせて頭をシャキッとさせ

    1日のスタートです。

     

    講座を修了するにあたり、作文を提出する必要がありました。

    お題は

    • 養成講座を受けたきっかけ
    • 音読の効果について
    • その後の展望

     

    以下、そのまま紹介したいと思います。

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    ①【養成講座を受けたきっかけ】

     

    「ア〜マ〜テ〜ラ〜ス〜オ〜オ〜ミ〜カ〜ミ〜」

    もう二十年前になるが、アメリカのマクロビオティックのイベントに参加した時のこと。

    朝から大声で、世界中から集まったたくさんの人たちが楽しそうに唱えている場面に遭遇して、とても困惑したことがある。

    (日本語を話さない人たちが、アメリカで、なんで日本語を・・・?)

    (しかも、なんで天照大御神・・・?)

     

    これはチャンティングと言って、音の響きをヒーリングや瞑想に取り入れたワークだった。なにもみんなで日本の神様を拝んでいたわけではない。他にも

    「アエイオウ。ヒフミヨイムナヤコトモチロ。オウン」

    と音を伸ばしながら発声をするものや、単に

    「ス〜〜〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜〜」

    と「す」の一言を発声するパターンもあった。

    すべて、“あ・い・う・え・お”の50音である。

     

    そのあやしげな雰囲気はともかく、自分も参加して一緒に発声してみると意外に心地がよいことがわかった。言葉によって微妙に違いはあるが、総じて心が落ち着きスッキリとする。後に私もマクロビオティックの指導者としてチャンティングを活用し効果も感じてきた。そんな体験をしていたので、日本語の音の響きや不可思議さには少しなじみがあった。

     

    最近たまたま知り合いになった90歳のおばあさんから、ひょんなことから松永暢史先生の本をいただいたのが、そもそものご縁である。一音一音切って発音するという独特の松永式音読法に惹かれて、音読道場の門を叩くことになった。

    (続く)